「平和は家庭から」 エフェソの信徒への手紙 5章22〜25節

 家庭が平和だと、そこにいる子供も平和になる。やがて、その子供は大人になり平和な家庭、また平和な人間関係を築こうとする。家庭の中心は何といっても夫婦だ。夫婦が争っていては、家庭の平和はない。しかし、夫婦の平和はそう簡単なものではない。そこには様々な問題が降りかかってくる。子供の問題、経済的な問題、親兄弟の問題、互いの性格的な食い違い、性的な食い違い、異性の問題などなど。これら荒波を乗り越えて真の平和を家庭にもたらすためには、夫婦がしっかりとした土台に根ざさなければならない。

「夫婦(人と人)の平和に大切な要素」
@尊敬(⇔軽蔑)
 イ) 自分のことより他人のことを考える人。
 ロ) 自分の利害を超えて、真理に従う人。
自分が間違っていれば、素直に自分の非を認める。たとえ自分が不利になっても、正しいことは正しいとする。真理の側に立つ。
 ハ) キリストを宿す人
例えば、妻のうちにキリスト(神が宿っていると思うなら、妻を尊敬し、大切にするだろう。そのようにキリストは、妻に限らず、全ての人に宿って下さる方だ。だから全ての人が尊敬に値する。誰も軽蔑できない。自分自身もそうだ。これがキリスト信仰の極致である。

A思いやり(⇔自己中心)
 思いを、やる。相手のことに思いをやる、はせること。どうしているのかな。東京は雪が降っている。夫は仕事で東京に行っているが、大丈夫かなって。帰ってこれるのかな。夫は妻のことに思いをやる。一人で残して大丈夫かナー。
 「自分のことを思ってくれる、心配してくれている」これは必ず、相手に伝わるものだ。相手を思いやる優しさを持ちたいものである。それが夫婦(人と人)の平和で大切なことなのだ。

B歩み寄り(⇔高慢)
 自分を正しいとする、義とするなら、歩み寄りはない。自分の言っていること、主張していることは絶対に正しい、間違いない(多くの場合、高慢)この信念も、ある時は大切なことだが、人間である以上、絶対と言うことはない。そのことを謙遜に受け止め、そこから相手の言うことに耳を傾けると、理解しようとする心が起こり、そして歩み寄りとなる。
 歩み寄ることはなかなか難しいものだ。でも、勇気を出して歩みだそう。そこに平和が生まれるのである。

Cキリストに根ざす(⇔富に根ざす)
 尊敬、思いやり、歩み寄り、これは平和の大切な要素である。これらはこどから生まれてくるのだろうか。
 子供なら平和な温かい家庭の中で、両親の生き方を手本にしながら、これらのことを身につけるいくのであろう。学校や社会の中からもある程度、身につけることが出来る。それだけでは不十分で、不純でもある。この社会には良いものもあれば、富によって汚されたものも多い。しかし、真実な純粋な平和はキリストにある。だから、キリストに学び、キリストにしっかりと根ざすことだ。エフェソ5章
5:22妻たちよ、主(キリスト)に仕えるように、自分の夫に仕えなさい。
5:23キリストが教会の頭(カシラ)であり、自らその体(教会)の救い主であるように、夫は妻の頭(カシラ)だからです。
5:24まら、教会がキリストに仕えるように、妻も全ての面で夫に仕えるべきです。
5:25夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになったように、妻を愛しなさい。


 夫と妻の関係はキリストと教会の関係が手本。夫はキリストが教会(罪ある人間)のために十字架で命を捨てられたように、命がけで一人の妻を愛すべきだ。妻は教会がキリストに仕えるように一人の夫に心から仕えるべきだ。この時に真の平和が生まれるのである。
 夫婦は木のようなものだ。木の枝や葉が茂るためには、地面の中に隠れている根を考えないわけにはいかない。水のほとりに根ざしている木は青々と茂り、やがて時が来ると豊かな実を結ぶ。地上の幹や枝葉にある結婚生活、家庭、その中心である夫や妻が平和の大切な要素(枝葉や実)を十分に身につけるためには、平和の主であるキリストに根ざす、キリストに聞き従うことがどれだけ木の枝や葉を茂らせ、夫婦を子供を、そして周囲の人を平和にするかしれない。
 「夫婦水入らず」と言う言葉があるが、「夫婦キリストいらず」と言うことはあり得ない。夫婦にはキリストが絶対に必要なのだ。キリスト抜きとすれば、平和も真実の愛もなくなってしまう。キリストは一対一で人間を愛する神(この私一人のために命を投げ出される神)である。私たちはキリストを知るとき、初めて、一対一で、一人の人間を真実に愛すべきことを知る。だから、一夫一婦制も、キリストによってこそ確実に基礎づけられるのだ。

 平和は家庭から来る。平和の要素は尊敬、思いやり、歩み寄り、キリストに根ざすことである。一人一人が平和の主キリストに根ざすことが夫婦の平和、家庭の平和、ひいては世界の平和につながる道なのである。

エフェソの信徒への手紙5章
05:01あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。 05:02キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。 05:03あなたがたの間では、聖なる者にふさわしく、みだらなことやいろいろの汚れたこと、あるいは貪欲なことを口にしてはなりません。 05:04卑わいな言葉や愚かな話、下品な冗談もふさわしいものではありません。それよりも、感謝を表しなさい。 05:05すべてみだらな者、汚れた者、また貪欲な者、つまり、偶像礼拝者は、キリストと神との国を受け継ぐことはできません。このことをよくわきまえなさい。 05:06むなしい言葉に惑わされてはなりません。これらの行いのゆえに、神の怒りは不従順な者たちに下るのです。 05:07だから、彼らの仲間に引き入れられないようにしなさい。 05:08あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。 05:09――光から、あらゆる善意と正義と真実とが生じるのです。―― 05:10何が主に喜ばれるかを吟味しなさい。 05:11実を結ばない暗闇の業に加わらないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。 05:12彼らがひそかに行っているのは、口にするのも恥ずかしいことなのです。 05:13しかし、すべてのものは光にさらされて、明らかにされます。 05:14明らかにされるものはみな、光となるのです。それで、こう言われています。「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」 05:15愚かな者としてではなく、賢い者として、細かく気を配って歩みなさい。 05:16時をよく用いなさい。今は悪い時代なのです。 05:17だから、無分別な者とならず、主の御心が何であるかを悟りなさい。 05:18酒に酔いしれてはなりません。それは身を持ち崩すもとです。むしろ、霊に満たされ、 05:19詩編と賛歌と霊的な歌によって語り合い、主に向かって心からほめ歌いなさい。 05:20そして、いつも、あらゆることについて、わたしたちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい。 05:21キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。 05:22妻たちよ、主に仕えるように、自分の夫に仕えなさい。 05:23キリストが教会の頭であり、自らその体の救い主であるように、夫は妻の頭だからです。 05:24また、教会がキリストに仕えるように、妻もすべての面で夫に仕えるべきです。 05:25夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のために御自分をお与えになったように、妻を愛しなさい。 05:26キリストがそうなさったのは、言葉を伴う水の洗いによって、教会を清めて聖なるものとし、 05:27しみやしわやそのたぐいのものは何一つない、聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会を御自分の前に立たせるためでした。 05:28そのように夫も、自分の体のように妻を愛さなくてはなりません。妻を愛する人は、自分自身を愛しているのです。 05:29わが身を憎んだ者は一人もおらず、かえって、キリストが教会になさったように、わが身を養い、いたわるものです。 05:30わたしたちは、キリストの体の一部なのです。 05:31「それゆえ、人は父と母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。」 05:32この神秘は偉大です。わたしは、キリストと教会について述べているのです。 05:33いずれにせよ、あなたがたも、それぞれ、妻を自分のように愛しなさい。妻は夫を敬いなさい。