「パウロとテモテ」 (信仰の継承) 使徒言行録16章1〜5節

 親の子どもへの願いは何だろうか。一言で言えば、自立、だろうか。自立にも色々あるだろうが、子供がこの世の荒波の中で、
しっかりと自分の足で立って生きて欲しい、と願う。経済的にも、精神的にも。そのためには教育も必要だろう。
 しかし、自立に至る道は険しい。様々な嵐が待ち受けている。先週、与那国島でとてつもない風が吹いた。大型台風が来て
風速80メートルを超える暴風雨が吹いた。殿中もなぎ倒された。多くの家の屋根が吹き飛ばされた。海水温の雅言でこれが
何処に来るか分からない、先日の関東の豪雨でもそうだが。こちらに来たらと思うと人ごとではない。
 この世の罪の嵐も激しい。凶悪事件が多発している。これも何処に誰に来るかわからない。罪の誘惑に足元をすくわれる。
最後は死の嵐が来て何もかも吹き飛ばしていく。
 そのような嵐の中で、自立に最も大切なものがある。それはイエス・キリストを信じる信仰だ。
 私は今になって思う。信仰の自由というが、これはあくまでこの世の人が言い出し、決めたこと。私は子供のことを考える余り、
信仰を強く勧めることをしなかった。つまり、よく言えば、子供達の自由を尊重してきた。いつかは、分かってくれて、大切なもの
を選択してくれると思ってきた。今もそう思って祈っている。一方で、自分がイエス様を信じて頂いた恵みを何故、もっと強く勧め
なかったかと反省している。
 親子になると、毎日顔を合わせているわけですから、なれ愛になり難しいところがあります。また、自分の信仰を顧みたり、子供の
環境を考えると、なかなか強く勧められなくなってしまいます。しかし、時には裸で子供としっかりと向き合って信仰の大切さを話す
時が必要です。どんな年齢になろうと、子供の救いのために祈っていくこつは親の責務です。

 今日の聖書にはテモテという人物が出てきます。このテモテが良い信仰を持ったのは、おばさんとお母さんと二代にわたる信仰の
影響が大きかった。

聖書を見ていきましょう
16:01パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持つ、テモテという弟子がいた。
16:02彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。

テモテの信仰
パウロはシリア州、キリキア州(パウロの故郷タルソの町がある)を通って、第一回伝道旅行で行ったデルベ、リストラの町にいった。そこにテモテがいた。
 「信仰のユダヤ婦人の子」とあるように、テモテのお母さんはユダヤ人であり、クリスチャンであった。彼女たちがいつ信仰を持ったか分からない。パウロの最初の伝道の時か、それともそれ以前か・・・・・。
 テモテの手紙第二1:05「そして、あなたが抱いている純真な信仰を思い起こしています。その信仰は、まずあなたの祖母ロイスと母エウニケに宿りましたが、それがあなたにも宿っていると、わたしは確信しています。」
 おばさん、お母さんの信仰は純真なものだった。そしてそれがテモテにも宿った。「純真な」とは、演技していない、偽りのない(織田氏辞書)。原語は、仮面芝居の役を演じるという言葉の否定形が使われている。仮面芝居の役者は芝居をしているときの顔と、日常の顔が違うということから内と外が違う「偽善者」という意味に使われるようになった。テモテの信仰はそうではないというのです。
 テモテはおばあちゃん、お母さんの純真な信仰を受け継いだ三代目だった。商売も三代続くと本物になっていく、という。テモテの信仰も偽善的でない、偽りのない、本物の信仰であった。

 テモテの評判が良かった
16:02彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。
 「兄弟の間で評判がよい」とはどういったことを浮かべるでしょうか。
 ※学校で評判がよい、クラブで評判がよい、という人はリーダーシップがあり、人の世話をよくする、自分でもよく勉強や練習する人、MVPをあげたい人でしょう。
 兄弟とは信仰の仲間のことです。

 評判が良い」(証人になる、立証する)
 @証明する、(事実間違いないと)証拠を挙げる、はっきり公言する
 A間違いないと立証されている、定評がある、称賛されている

 この人は間違いがないと周りの人(兄弟)から称賛されている。定評がある。この人に頼めばちゃんとやってくれる、彼は真実な人だ、嘘偽りのない人だ。
 特にテモテの場合は信仰面で、と言うことでしょう。信じて2〜3年?しか経っていないにもかかわらず、しっかりとした信仰をもっている。そして、周りの兄弟たちからも信頼されている。そのようにテモテが間違いのないといわれるようになった原因をパウロはこういっている。

  パウロの最後の進め(テモテの手紙第二3:10〜17)
3:10しかしあなたは、わたしの教え、行動、意図、信仰、寛容、愛、忍耐に倣い、 3:11アンティオキア、イコニオン、リストラでわたしにふりかかったような迫害と苦難をもいといませんでした。そのような迫害にわたしは耐えました。そして、主がそのすべてからわたしを救い出してくださったのです。 3:12キリスト・イエスに結ばれて信心深く生きようとする人は皆、迫害を受けます。 3:13悪人や詐欺師は、惑わし惑わされながら、ますます悪くなっていきます。 3:14だがあなたは、自分が学んで確信したことから離れてはなりません。あなたは、それをだれから学んだかを知っており、 3:15また、自分が幼い日から聖書に親しんできたことをも知っているからです。この書物は、キリスト・イエスへの信仰を通して救いに導く知恵を、あなたに与えることができます。 3:16聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。 3:17こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです。

 フィリピ2:20「・・・・・20テモテのように私と同じ思いを抱いて、親身になってあなた方のことを心にかけている者はいないのです。」

 彼は思いやりが深い、心やさしい人であった。教会の中だけではなかった。純真な信仰、偽りのない信仰の持ち主で、評判の良い人であった。それは良き師との出会い、また聖書に基づいて三代に渡って培われた信仰に起因すすものであったのです。